今回はたぶん批判をいただきそうな内容を書く
「畳の末路」である。
末路という言葉が元来良い意味では使われない。
yahooの辞書だと、こう記されている。
(1) 道の終わり。
(2) 一生の最後。晩年。「人生の―」
(3) 盛りを過ぎ衰え果てた状態。なれのはて。「英雄が哀れな―を辿る」
我々の業界は全体を見渡すと栄華を極めた壮年期はとうに過ぎて
年金生活のような仕事量・・・(3)の意味がピッタリのような気がする。
現在建っている築30年〜くらいの住宅は比較的畳の部屋が多い。
そしていまこの辺の年代の建物が取り壊され、どんどん減っている。
一方で新築される家には畳の部屋が少ない。
つまり新しい和室が出来ずにどんどん畳が無くなっているのである。

職人の高齢化による廃業自然減のスピードよりも早く
仕事をしたくても畳が無い状況が数年前から起こっている。
こうなるとまっとうな技術論ではたちいかなくなってくる。
ではどうするか?
早急な古仕事需要掘り起こしをするのも結構、
日々技術を磨いて精進するのもあたりまえのことではあるが
畳の部屋を増やす方策に決定打が出てこない。
暮らし方と住環境の劇的な変化を求めるのは眉唾なようだが
昨年出た「畳の部屋は学習の効率が上がる」という研究結果は大いに
利用すべきだろうし、これからもどうすれば畳の部屋が増えるか?を
念頭に知恵を絞っていくべきだろう。
そんなことはわかっているんだけど
いろんなデータを生かしきれないクソマジメな畳職人と
業界に約三分の一いると思われる「足引っぱり」の人たちの
せいにもしたくない事務局のジレンマでした。